第1話「ポケモン! きみにきめた!」と、1997年4月1日の記憶。

第1-82話(カントー編)

春休み特有の少し埃っぽい風が吹く夕暮れ時。
まだ分厚かったブラウン管テレビの前に座り込んだあの日、僕たちの新しい冒険が始まった。


第2話「たいけつ! ポケモンセンター!」と、1997年4月8日の記憶。
新学期が始まり、新しいクラスの空気にまだ少し緊張していた4月の第2週。火曜日の夕方6時半、僕たちはブラウン管の前で、傷ついたピカチュウの安否に息を呑んでいた。あの日、僕たちが受け取ったもの第2話は、ポケモンの世界が単なるファンタジーではなく…

あの日、僕たちが受け取ったもの

第1話は、単なる冒険の始まりではなく、「不完全な者同士の出会いと受容」を描いた見事な群像劇だ。サトシは記念すべき旅立ちの日に寝坊という大失態を犯し、フシギダネ、ゼニガメ、ヒトカゲという王道の選択肢を逃してしまう。そして与えられたのは、モンスターボールに入ることを拒絶し、人間に心を開かない規格外のピカチュウだった。完璧なエリートコースではなく、ドロップアウトからのスタート。これが、当時の視聴者だった僕たちにどれほど等身大の勇気を与えたことか。

オニスズメの大群から身を挺してピカチュウを守ろうとするサトシの姿は、利害関係や主従関係を超えた「無償の愛」の提示である。それに応えるように、ピカチュウもまた己の限界を超える雷撃を放ち、二人の間には言葉を超えた絆が生まれる。雨上がりの夕焼け空を伝説のポケモン・ホウオウが舞うラストシーンは、彼らの前途が平坦ではないこと、しかし果てしなく輝かしいことを暗示していた。大人になって見返すと、あの日のホウオウは、まだ見ぬ未来に対する僕たち自身の憧憬そのものだったのだと気付かされる。

🕰️ 1997年4月1日 のタイムカプセル

あの日、僕たちが生きていた世界はどんな空気に満ちていただろうか。

当日の重大ニュース

  • 消費税率の引き上げ:1997年4月1日より、日本の消費税率が3%から5%へと引き上げられた [1]。社会全体が新しい経済感覚に適応しようとしていた転換点である。
  • 巨大ドーム球場の相次ぐ完成:3月1日に大阪ドーム、3月15日にナゴヤドームが相次いで完成・開業し、プロ野球界やエンターテインメント業界に新たな風が吹き込んでいた [1]。
  • 秋田新幹線の開業:直前の3月22日に秋田新幹線(盛岡駅 – 秋田駅間)が開業。「こまち」が運行を開始し、日本列島の距離がまた一つ縮まった [1]。

今週の音楽チャート(トップ3)

  • 1位:Go! Go! Heaven/SPEED
  • 2位:CAN YOU CELEBRATE?/安室奈美恵
  • 3位:FACE/globe
    小室哲哉プロデュース楽曲がチャートを席巻し、10代のSPEEDが圧倒的なエネルギーで若者の心を掴んでいた時代。CDのミリオンセラーが連発される音楽バブルの熱気があった [2]。

街で流行っていたもの

  • たまごっち:前年11月に発売され、1997年春には異常な品薄状態に。特に白い「たまごっち」は幻のアイテムとして社会現象になり、大人も子供も夢中になって育成していた [3]。
  • ハイパーヨーヨー:奇しくもアニメ放送開始と同じ1997年4月にバンダイから発売され、小学生男子を中心に爆発的なブームを巻き起こす。「犬のさんぽ」や「ブランコ」の練習に放課後の時間を費やした [4]。

あの日の続きを、もう一度。

寝坊から始まった不完全な旅立ちは、やがて世界中を熱狂させる壮大な物語へと繋がっていった。大人になった今、あの日の雨上がりの空をもう一度見上げてみませんか。
[公式配信サイトで第1話を視聴する(Amazon Prime Video等)]


Sources(出典リスト)

[1] 1997年の日本 – Wikipedia: https://ja.wikipedia.org/wiki/1997%E5%B9%B4%E3%81%AE%E6%97%A5%E6%9C%AC
[2] 1997年(平成9年)流行・出来事 – 年代流行: https://nendai-ryuukou.com/1990/1997.html
[3] 新語・流行語大賞 第14回 1997年 – 自由国民社: https://www.jiyu.co.jp/singo/index.php?eid=00014
[4] おもちゃの歴史 – 日本玩具協会: https://www.toys.or.jp/toukei_rekishi_data.html

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