11月中旬。木枯らしが吹き抜け、クローゼットから冬のコートを引っ張り出した木曜日の夕暮れ。
僕たちはブラウン管の前で、愛すべき悪役が背負った「報われなかった努力」と、切なすぎる初恋の記憶に胸を締め付けられていた。


あの日、僕たちが受け取ったもの
第72話は、ロケット団のニャースがなぜ人間の言葉を話し、二足歩行ができるのかというルーツを描いた、アニポケ屈指の哀愁漂う傑作エピソードである。かつて野良ポケモンだったニャースは、映画の都ホリウッドで出会った美しいメスの「マドンニャ」に恋をした。しかし、金持ちの飼いポケモンであった彼女は「人間が好き」と言い放つ。ニャースは彼女に振り向いてもらうため、屋根裏部屋で発音の練習をし、血の滲むような努力を重ねて、ついに「人間の言葉」と「二足歩行」を習得するのだ。
しかし、この物語の結末はあまりにも残酷である。言葉を覚え、花束を持って告白したニャースに対し、マドンニャは「人間の言葉を喋るポケモンなんて気持ち悪い」と冷酷に言い放つのだ。愛する者のために自分のアイデンティティ(ポケモンの本能)を捨て去ったにもかかわらず、その努力そのものが拒絶の理由になってしまうという絶望。行き場を失ったニャースが「それなら一番の悪党になってやる」とロケット団への入隊を決意する姿は、社会で居場所を失った若者がドロップアウトしていく過程の、痛切なメタファーであった。
そして現在。ホリウッドでマドンニャと再会したニャースは、野良のペルシアンに捨てられそうになった彼女を命がけで助け出す。しかし、彼女はそれでもペルシアンの元へ行くことを選ぶのだ。「愛の力は偉大ニャ。でも、どうにもならないこともあるのニャ」。満月を見上げながら呟くニャースの背中は、努力が必ずしも報われるわけではないという人生の理不尽さと、それでも言葉を身につけた「今の自分」と「今の仲間(ムサシとコジロウ)」を肯定して生きていくという、確かな覚悟に満ちていた。
🕰️ 1998年11月12日 のタイムカプセル
あの日、僕たちが生きていた世界はどんな空気に満ちていただろうか。
当日の重大ニュース
- 小渕首相のロシア訪問と「モスクワ宣言」:まさにこの日、1998年11月12日に小渕恵三首相が日本の首相として25年ぶりにロシアを公式訪問。エリツィン大統領と会談し、平和条約締結に向けた「モスクワ宣言」に署名した歴史的な日である [1]。
- しし座流星群への期待と熱狂:この約1週間後である11月18日に「しし座流星群」の極大が予測されており、33年ぶりの大出現になるかもしれないと連日ニュースで報じられ、日本中が天体観測ブームに湧いていた時期である [2]。
- ドリームキャスト発売直前の熱気:11月27日の発売を控え、セガの次世代ゲーム機への期待が最高潮に達していた。「セガなんてダッセーよな!」という自虐的なテレビCMが社会現象となり、ゲーム業界の覇権争いに社会の注目が集まっていた [3]。
今週の音楽チャート(トップ3)
- 1位:ALL MY TRUE LOVE/SPEED
- 2位:終わりなき旅/Mr.Children
- 3位:snow drop/L’Arc〜en〜Ciel
(1998年11月16日付オリコンチャートより推計)
SPEEDの圧倒的なパフォーマンスと、Mr.Childrenの壮大な活動再開ソングがチャートを牽引。ラルクのロングヒット曲も上位に残り、J-POP黄金期の冬の始まりを熱く、そしてドラマチックに告げていた [4]。
街で流行っていたもの
- 湯川専務のモノマネ:ドリームキャストのCMの影響で、学校の休み時間には「セガなんてダッセーよな!」というフレーズを真似する子供たちが続出。ゲーム機の発売を皆が心待ちにしていた。
- 天体観測と流れ星への願い:しし座流星群のニュースを受け、小学生たちは星座早見盤を持ち出し、夜空を見上げる準備を進めていた。ニャースが見上げた満月と同じように、当時の僕たちも冬の夜空に夢を馳せていたのである。
あの日の続きを、もう一度。
愛する者のためにアイデンティティを捨てた、血の滲むような努力。そして、報われなかった初恋と、悪党として生きる覚悟。大人になった今、あの日のホリウッドの路地裏で流したニャースの涙を、もう一度見つめ直してみませんか。
[公式配信サイトで第72話を視聴する(Amazon Prime Video等)]
Sources(出典リスト)
[1] モスクワ宣言 – Wikipedia: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A2%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%AF%E5%AE%A3%E8%A8%80
[2] しし座流星群 – Wikipedia: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%97%E3%81%97%E5%BA%A7%E6%B5%81%E6%98%9F%E7%BE%A4
[3] ドリームキャスト – Wikipedia: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%A0%E3%82%AD%E3%83%A3%E3%82%B9%E3%83%88
[4] オリコンチャート – Wikipedia: https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%A3%E3%83%BC%E3%83%88


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